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喜多方ラーメン

 

中国生まれの潘欽星(はんきんせい)さんは、大正末(1926)頃、長崎にいるはずの叔父を頼って日本に来ましたが、叔父は長崎にはおらず、尋ね回った挙句、福島県の喜多方でやっとめぐり合うことが出来ました。そこで麺料理屋を始めようと決心しますが、資金がなかったので、廃棄されたリヤカーや木材の切れ端を集めて屋台を作りました。麺は、かんすいが手に入らなかったので、代わりに洗濯ソーダを使っていました。(今では考えられませんが、当時はかんすいの手に入らないところでは、中国でもそうしていたそうです。)

打ち方は青竹踏みで、竹竿の一方を固定し、もう一方に体重をかけて台に乗せた生地を延ばしていく方法でした。気泡が残る為ソフトに仕上がるのが特徴です。ここでも、当時の中国(支那)人に対する差別はあり、相当な苦労をされたそうですが、潘さんは一生懸命働き、ついに店を持つことが出来ました。「源来軒」です。

そして評判も上がり、遠方からの出前の注文も多くなりました。そこで潘さんは打ち方を変え、時間がかかっても麺が延びにくいように、太めで硬めの麺に変えました。

こうして喜多方ラーメンの原型は完成していったのです。「コシの強い縮れ麺、醤油味のスープ、トッピングは煮豚、メンマ、刻みネギ、ナルト」。煮豚といった中国麺料理と日本で育まれたうどん、そばに付き物のナルト・・・喜多方ラーメンの誕生は、中国人、潘さんが日本に来たからこそ出来たラーメンなのです。

そういった歴史の元、喜多方ラーメンは現在その名を全国にとどろかせていますが、その要因として、マスコミ等の力も見逃せません。

昭和57年(1982)NHK「東北のめん」と題し、取上げられたこと。

昭和58年には、喜多方市自ら、旅行誌「るるぶ」で宣伝を始めたこと。

昭和60年、NHK「おはようジャーナル」で「追跡・ラーメンの香りただよう蔵の町」での放映。

そのようなことがあり、有名になった喜多方ラーメンは「喜多方ラーメンを食べるツアー」まで組まれるほどになり、昭和62年、観光資源としてのラーメンの発展の為、製麺業者とラーメン店46軒で「喜多方老麺(ラーメン)会」が結成されました。こうして、喜多方ラーメンは、ラーメンブームの火付け役となりました。

−喜多方ラーメン−

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